| 1.NTT緊急定文電報の文例 | 2.献体・臓器提供の窓口 | 3.遺族の心を癒す病院 |
| 4.喪章 | 5.写真技術の進歩 | 6.枕経 |
| 7.みたまうつし |
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鹿児島県内の献体・臓器提供窓口
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| 病院で臨終を迎えた人とその家族がゆったりとした別れの時間を過ごす事ができる病院が鹿児島でも増えてきています。ホスピス(苦しみを取り除くケアシステム)と連動した取り組みで、家族を悲しみから立ち直らせるためのケア(グリーフケア)と呼ばれています。 一般に病院で臨終を迎えた場合、家族は臨終直後の湯灌処理の際には病室から出されます。遺体はすぐに病室から地階や人目に付かない霊安室に安置され、葬儀社などに引き取られるのを待ちます。 しかし、グリーフケアに取り組んでいる病院では、家族も湯灌処理に立会う事ができます。家族は亡くなった人に話しかけたり、気に入っていた服を着せてあげたり、添い寝をするなどして、死を受け入れるための大切な時間を過ごし、気の済むまで病院にいる事ができます。 |
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| 喪章には、黒白のリボンと男性が腕に巻く黒の腕章があります。 喪章は本来、葬儀の主催者である遺族や親戚が服喪の期間である事を表すための目印です。ただし葬儀などでは、受付係や進行係などの世話役も、身内の立場で動く事からリボンや腕章をします。 リボンは左胸に、腕章は左腕にします。遺族や関係者以外、喪章はつけません。 日本で喪章が紹介されたのは、明治に入ってからで、一番最初に公式に使われたのは明治十四年、ロシア皇帝アレクサンドル二世の葬儀で、大礼服の左袖に黒の綬をつけたのが始まりとの説があります。 |
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| ここ数年の、コンピュータによる写真技術の進歩で、さまざまな写真を遺影として使うことができるようになりました。写真に写ってしまったメガネの反射光を取り除く、写真に付いたほこりや傷を修復するなどはもちろんの事、ネクタイや背広の色を変えたり、故人が気に入っていた顔と好んで着ていた服とを組み合わせる事もできます。また、複数の人と一緒に写った写真でも、重なった部分を消す事ができます。ただし、つや消しのシルク調プリントは、処理しにくい画質とされています。 多くの処理を施すと故人の顔自体が変わってしまう事もありますので、業者への注文はできるだけ簡潔なものにしましょう。 |
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| 枕飾りを終えたら、僧侶を迎えて枕元でお経をあげてもらいます。これを枕経といい、成仏するために故人を弔う最初のお経です。枕経の際には、遺族、近親者は僧侶の後ろに控え、故人の冥福を祈ります。 臨終の時間が深夜の時間帯にかかるなどの場合は、枕経をしない場合もあるようです。 枕経の謝礼は、通夜のお礼と一緒にする場合が多いようです。また地域によっては通夜や葬儀のお経のお礼と一緒に、葬儀が終わってからお礼参りする時に謝礼を渡すところもあります。「お車代」は、状況に応じて支払うようにしましょう。 |
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| 神道では通夜際に先立ち、故人の霊を仏式の位牌にあたる霊璽(木主)に移す儀式の遷霊祭「みたまうつし」が行われます。 この後、男性は大人命(七十歳以上)や彦命(十六歳以上)、女性は刀自命(四十歳以上)や姫命(十六歳以上)などと呼ばれます。 |
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